2016年08月15日

終戦の日に思う

天皇の歴史は125代の長きにわたります。
さすがに125代だけあって、中にはとてもユニークな方もいらっしゃいました。

奈良時代末期の女帝・称徳天皇などは、その最たる例といえるでしょう。
何しろ、ご自分が寵愛する怪僧・弓削道鏡に皇位を譲ろうとなさったのです。
もちろん、道鏡は皇族でも何でもありません。
あと一歩のところで、皇室は弓削氏に乗っ取られるところだったのです。
幸い、忠臣・和気清麻呂やその姉・広虫らの活躍で、この乗っ取りは未然に阻止されました。が、これを憎んだ天皇は、清麻呂を穢麻呂(きたなまろ)、広虫を狭虫(さむし)と改名したあげく、二人を遠国に配流なさっています。
天皇の崩御後、道鏡は失脚する一方、清麻呂も広虫も帰洛を許され、名誉を回復しましたが、彼らの活躍がなければ、皇室は奈良時代で途絶えていたかもしれないのです。

こうした実例を見れば、天皇だからといって、全てが全て名君ばかりでいらしたわけではないことがわかります。
敬うべきは125代、2676年にわたる歴史であると私は思います。

何事によらず、やみくもに「正しい」「ご立派だ」などと決めつけることが、必ずしも正解とは限らない。
思考を停止すべきではありません。

posted by 田中ゆうたろう at 23:52| Comment(6) | 日記

2016年08月10日

陛下のお気持ちを拝して

杉並区は、原水爆禁止署名運動発祥の地です。
今月6日の広島原爆忌、そして9日の長崎原爆忌に際し、改めて平和の尊さに思いを致したいと考えていた矢先、8日に天皇陛下によるお気持ちの表明が行われることになりました。

そして8日、陛下は「個人として、これまでに考えて来たことを話したい」と語り起こされ、「これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるか」考えるようになったと述べられました。
陛下はまた、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」「これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」とも述べられています。

陛下ご自身が述べられているように、陛下個人の切実なお気持ちを述べられたものと拝察します。
特に、ご自身のご家族に何度か言及されていることが印象に残りました。

原爆投下という二度の惨禍の犠牲者に対し、日本国民はもとより世界中の人々が追悼の念を捧げている最中というタイミングでしたので、何か健康上の差し迫った理由でもおありになるのかと深く案じています。

いずれのお言葉も、国民として重く受け止めなければならないと感じつつ、「遠隔の地や島々への旅」は、恐れながら当面お取り止め頂きたいと思います。陛下が各地に眠る戦没者を慰霊されることは大変ありがたいことですが、お体にさわってはいけません。
また、全体として、まずご家族の内部で解決なさるべき事柄も少なくないように感じました。例えば、もし仮に陛下が譲位なさったとして、それでは一体どなたが新しい天皇・皇后におなりになるのか、私などには想像もつきません。

さらに、今回のお言葉は、今後政治利用される危険が極めて高いことも、不本意ながら指摘しておかなければなりません。
報道によれば、韓国紙、東亜日報は9日付の社説で、天皇陛下の「生前退位」をめぐるビデオメッセージを取り上げ、今後、日本で皇室典範の改定に向けた作業が本格化すれば、「安倍晋三首相の任期中の改憲は難しくなる」として、生前退位は「安倍首相が推進する改憲(の動き)にブレーキをかけるものだ」などと政治的に報じた由。また中央日報も同日付社説で取り上げ、天皇陛下について「機会があるたびに平和に言及し韓国への親近感を示してきた」と報道、「韓国では、安倍首相たちの右傾化を牽制する“百済系平和主義者”としての評価を受けている」との見方を示し、生前退位が「北東アジアに及ぼす影響を注視する」と主張した由。
すでにその兆しは見えているのです。

陛下個人のお気持ちは、国民として肝に銘じなければならないことは確かです。
同時に、天皇は125代、2676年にわたる歴史があり、そしてこれからも悠久に続いていくものです。
そのことを考えると、今上陛下お一人のお気持ちだけをきっかけに、国民もただ一時の感情にかられて、制度を変えることには、慎重を期さなければならないと思います。

posted by 田中ゆうたろう at 10:19| Comment(1) | 日記

2016年08月01日

「10年早い。自分の立場をわきまえなさい」

小池百合子新都知事は、連日の街頭演説やテレビ出演において、現在、杉並区が区立公園をつぶして保育所を建てようとしていることに言及されていました。
そして、「区長さんは苦労されている」としながらも、「小さい公園だから住民から反対が出ている」「保育所は広い都立公園に建てるべきだ」との趣旨を、繰り返し訴えておられました。
正当な訴えであり、私も賛成です。

普通、保育所を建てることに近隣住民が反対しているというと、単なる地域のエゴのように誤解されがちです。
また、事実、そのような誤解を助長しそうな、表面的な報道が多いのです。
しかし、区がつぶそうとしている区立公園は、子供達の貴重な遊び場として活用されているものです。子供達の育ちにとって、区立公園は保育所と同様、必要不可欠なインフラなのです。
保育の量だけを見て、質を考えないから、「保育所増設のためには公園つぶしもやむを得ない」という安直な結論に至ってしまうのです。

この点、小池候補が正当な訴えをしておられることに、安心しました。他候補は、ここまで踏み込んで勉強していなかったと思います。何しろ「都立保育園を作りたい」(鳥越俊太郎氏)とか「1か月以内に全区長さんと話す」(増田寛也氏)とか、そんな抽象的な話ばかりでしたから。

しかし、近隣住民の反対が最も強い区立久我山東原公園で、今日ついに工事が始まりました。
残念ながら、杉並区議会自由民主党、杉並区議会公明党、区民フォーラムみらい、いのち・平和クラブら諸会派が、民主党出身の区長の暴挙に加担している以上、工事開始を食い止めることはできませんでした。

住民の方々の落胆の声に接するにつけ、私は、今から3年前、杉並区選出の衆議院議員の事務所を訪ねたことを思い出します。
議員本人は不在でしたので、秘書に「今、杉並区は待機児童の問題に直面しています。このことをどうか代議士にお伝え下さい」と伝えたところ、秘書から返ってきたのは「10年早い。自分の立場をわきまえなさい」という答えでした。
私は、大きく失望し、他の信頼できる参議院議員に働きかけたことをよく覚えています。
しかしこの時、先の衆議院議員がきちんと動いてくれていれば、地元杉並の保育事情は、今頃もっとましなものになっていたのではないでしょうか。

この衆議院議員しかり、また杉並区長や杉並区議会上記諸会派しかり、有権者の声に耳を傾けようともしない彼らの姿を見るにつけ、政治そのものへの信頼が失われてしまうことを、あの日以来懸念し続けています。

posted by 田中ゆうたろう at 22:31| Comment(2) | 日記